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Consideration of International Affairs by Office Ton Pan Lar

ハーグ出廷/国民への根深い不信感/軍内部の統制が目的/アーサー・スワンイエトウ氏の論説

軍史研究家のアーサー・スワンイエトウン氏が thediplomat.comに寄稿し、News Week 2021年3月1日に転載された『ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こした本当の理由』は足下の状況に対する新しい考察を呼び起こす。

 

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<国軍は民政移管と経済改革で大いに潤っていたのになぜ? 司令官トップの自己保身などと臆測も飛び交うが、暴挙に出た理由は、その歴史とアイデンティティーを理解すれば分かる>

 

今年2月1日に起きたミャンマービルマ)の軍事クーデターは、ほぼ10年にわたる民主的な統治(厳密には「民主的」とは言い難いが)を唐突に終わらせた。世界を驚かせたのはコロナ禍のさなかで政変が起きたことだけではない。クーデターはどう見てもミャンマー国軍の利益に反するのに、彼らがこの壮大な暴挙に踏み切ったことだ。

2011年の民政移管後も、国軍は引き続き強大な権限を握ってきた。軍政下の2008年に制定された憲法では、国会議席の4分の1を国軍が握り、警官、消防士、刑務官などあらゆる制服組を管轄する内務省も国軍の支配下にあった。

加えて国軍上層部は傘下の企業などを通じて経済でも莫大な権益を握っていた。国軍の系列企業は民政移管とそれに伴う経済改革で大いに潤っていたのだ。

クーデターで国軍は国民の不満を買っただけではない。民政移管後にミャンマーの経済開放が進むに伴い、国軍上層部は巨大利権で甘い汁を吸っていたのだが、それも絶たれてしまった。

ミャンマーの事実上の最高指導者だったアウンサンスーチー国家顧問と文民政権の指導者たちを失脚させたことで、国軍は実質的に何を得たのか。軍事独裁を復活させたこと。ただそれだけだ。

ミャンマー国軍は極端な中央集権型の組織で、そこでは指導者の資質が組織の方針に大きな影響を及ぼす。秘密主義の組織ゆえ、国軍上層部の考えを推し量るに足る情報はほとんどなく、クーデターの動機を見定めるのは難しい。だがミャンマーの歴史と絡めて国軍の歴史をたどれば、この国の現状と今この時点で国軍が権力を奪取した理由が多少なりとも見えてくるはずだ。

ミャンマー民主化に詳しいワシントン大学のメアリー・キャラハン准教授は2005年の著書『敵を作る』で、ミャンマーの軍政と他国の軍事政権には決定的な違いがあると論じている。ミャンマーの軍政の指導者たちは制服を着た政治家ではなく戦士だ、というのだ。「戦後のビルマミャンマー)政権は戦士たち、つまりたった一度の選挙に勝つノウハウすら持たない政治の素人たちで構成されていた」と、キャラハンは述べている。

 

ハーグ出廷が大打撃に


ミャンマー国軍は常に純粋な軍事組織だった。そこではイデオロギーより好戦的な姿勢のほうが重視される。

国軍のアイデンティティーを支える3つの大きな特徴がある。1つはビルマ民族主義の象徴としての正統性。それはイギリスの統治と第2次大戦中の日本の占領に抗して戦ったビルマ独立軍(BIA)から引き継いだものだ。

2つ目は強固な結束。これは1948年の独立後、少数民族の分離独立の動きや共産主義勢力の台頭、隣の大国・中国の軍事的脅威で、国軍もろともミャンマーがバラバラに引き裂かれかねなかった時期に培われた特徴だ。

3つ目は国民に対する不信感。少数民族共産主義者の反乱を警戒するあまり、国軍は長年、市井の人々に疑いの目を向けてきた。

こうした特徴は全て、独立直後に勃発した内戦の経験から生まれたものだ。今回のクーデターとその背後にある動機はそこから読み取れそうだ。

まず、国軍の正統性が揺らいでいること。1988年に民主化デモが全土に広がると、人口の多数を占めるビルマ民族の支持を集める組織として国民民主連盟(NLD)が台頭し、国軍の地位を脅かすようになった。国軍はアウン・サン将軍が率いたBIAの後身としてその正統性を誇ってきた。ところが将軍の娘スーチーがNLDを率いてその正統性に疑問符を突き付けたのだ。

スーチーは国軍をビルマ民族主義の象徴の座から引きずり降ろし、その正統性の最も強力な根拠を奪った。民政移管から今に至るまで、軍上層部と文民政権の対立が絶えなかったのはそのためでもある。

それ以上に決定的だったのは、2019年にスーチーが祖国を弁護するためオランダのハーグの国際司法裁判所(ICJ)に出廷したことだ。ミャンマー西部に住むイスラム少数民族ロヒンギャに対するジェノサイド(集団虐殺)について、ICJの訴えは「不完全」だとスーチーは主張した。しかし、スーチーに借りをつくったことで、国軍上層部の面目は丸つぶれになった。

憲法上の規定では、国軍の上層部のみが治安部隊の行為に責任を持つ。つまりスーチーは事実上、国軍を弁護したことになる。

スーチーは自らの国際的な評価を犠牲にしてまで、15年以上も自分を自宅に軟禁し、家族とも離れ離れにした組織を守ろうとした──ミャンマーの世論はそう受け止めた。一般市民だけでなく国軍の兵士たちの間でもスーチー人気は高まるばかりだった。

国軍上層部はスーチーを悪の権化に仕立てることで、自分たちの権力を守ってきたのだ。彼女がアウン・サン将軍の娘で、NLDを創設した人々の中に国軍の元将校が多くいるということだけでも、国軍の正統性を脅かすには十分だった。

国際社会ではスーチーのイメージは地に落ちたとはいえ、国民が彼女を熱狂的に支持していることに、国軍上層部はいら立ちを募らせたはずだ。兵士たちの間にまでスーチーの影響力が浸透することを恐れて、彼らがクーデターに踏み切ったとしても不思議ではない。

 

国民への根深い不信感


これは2つ目の要素につながる。先に述べたとおり、国軍は強固な結束に固執している。その理由は、自身の歴史的な経験と、国民に対する深い不信感に根差している。

国軍は今回のクーデターの名目として、昨年11月に行われてNLDが圧勝した総選挙が不正に行われたと主張している。ただし、ミャンマーの選挙は無記名投票のため、彼らの言う「不正」とは、軍政下で政権与党だった連邦団結発展党(USDP)ではなくNLDに、国軍内部から票が流れたことが念頭にあると、広く考えられている。国軍のように緊密で疑い深い組織は、内部にそうした反対意見が存在するという可能性さえ、非常に警戒するのだ。

キャラハンや、ミャンマー研究の権威ロバート・テイラーが『ビルマ国家論』で指摘しているように、この国では民族意識や宗教、イデオロギーのほうが国軍より人々の忠誠心をかき立ててきた。1948年に勃発した内戦では1万人以上の兵士が、軍を離脱してさまざまな勢力に流れた。

キャラハンはさらに、国軍の歴史を通して、現場の指揮官と参謀将校が緊張関係にあることに注目している。1962年の軍事クーデターの後に国軍は中央集権化を進めつつ、全国の地方軍司令部を2個から14個に増やした。空軍と海軍は、はるかに大規模な陸軍に従属する形になった。

国民への根深い不信感から、国軍は常に、反対勢力を抑止するために強力な統一戦線を示そうとしてきた。潜在的な内部分裂を反対勢力に悪用されることを恐れているのだ。

そうした懸念に全く根拠がないわけではない。2月1日のクーデター以来、警察官や兵士が離反してデモ隊に加わる動画がネット上で公開されている。ある動画では機動隊員が隊列を崩し、放水からデモ隊を守っていた。

さらに、国軍幹部の若い家族や国軍関係者の若い世代がクーデターに公然と異議を唱え、抗議デモに繰り出している。デモに対する軍の対応が比較的おとなしかったのは、少なくともこれが一因ではないかと多くの人が疑っている。

クーデターは国軍にとって、争うことなく国内の直接的な支配権を手にしたこと以外はほとんど恩恵がなかった。従って今回の権力奪取は、民間の反対勢力による詮索や邪魔を回避して内政問題に対処しようとする試みである、とも考えられる。

 

軍内部の統制が目的か


1962年の軍事クーデターから88年の全国に広がった民主化要求デモまで、国軍と対峙する戦線は、多数派のビルマ民族と少数民族にほぼ分裂した状態が続いた。民族間のコミュニケーションの欠如とビルマ民族による他民族への偏見も、その一因だった。やがてスーチーとNLDが台頭し、1988年以降にインターネットなど近代的な技術が普及して、国軍と対峙する戦線の統一が進んだ。

国軍はビルマ民族の中心地域で武器を独占しており、大半の反対勢力が国土の周辺部で活動しているが、国軍の指導部にとっての最大の脅威が内部から生じることは十分に考えられる。

国軍上層部の不和の噂が広まれば、厳重に管理された軍のシステムは崩壊するだろう。組織に関して信頼できる情報が外部に漏れることはその発端になり得るため、国軍は情報を厳重に管理してきた。

文民政権の下で国軍内の反対分子をコントロールしようとしても、その行為は表に出やすく、投票の自由を奪われた国軍メンバーが文民指導者に支援を求めることも考えられる。つまり今回のクーデターは、軍が国際社会や市民に知られることも干渉されることもなく、反対分子に完璧に対応できるようにするために行われた、とも考えられる。

クーデターそのものは、国軍上層部の権威と特権を維持するために、ミンアウンフライン総司令官が個人的に決断した可能性もある。しかし、比較的限界的な利益のために、ミャンマーが世界経済から疎外されるようになるリスクを冒すとは考えにくい。新たな孤立の時代の到来を宣言するより、世界市場とつながっていることから得られる利益のほうが、彼らにとっても大きいからだ。

さらに、昨年の選挙でUSDPは敗北したが、国軍が自らの特権を守るために慎重につくり上げた憲法を脅かすことはなかった。

クーデターのコストと利益を計算すると、これら2つの要因が混じり合っているのではないだろうか。正統性に関してスーチーと文民政府に負けたことが、潜在的な内部対立と相まって、軍上層部の特権を脅かした。スーチーと文民政権は、汚職など国軍の権力乱用を明らかにしたかもしれない。

今回のクーデターは、軍が内部の問題を干渉されることなく解決するために発動された可能性も高そうだ。

とはいえ、まだ断言することはできない。国軍はこれまで、自ら謎めいた存在であり続けてきた。情報は力であり、将軍たちはそのことを十分に認識している。